<<<第6章 その4>>> ペーパーバック p119〜125
アトラスは、ゲーンが漕ぐ不思議な舟の手すりに手を置いてぼんやりと立っていた。まるで鏡のように澄み切った水面に船竿が深く突き刺され、そして船は進んでいく。
それにしても、ここは広い地中の空洞であるはずなのに、声は反響しないし、船竿が水を掻く音もこだましないことにアトラスは不思議を感じる。少しでも油断すると、地中の中にいることなんてすっかり忘れて、まるで外に出たかのような錯覚に陥ってしまうのだ。しかし、見上げる空には星は瞬かず、辺りはオレンジ色の湖の光で照らされているのだ。
不意に、船のへさきが方向を変え、遠くに町が再び見えてきた。ここから見る限り、町は完璧で美しく、そびえ立つ塔の森は他で見たようなドニの崩壊を全く感じさせない。しかし、それでもやはりあれはもう「街」ではないのだ。そして、その街から離れた、空洞の右手側の壁の近くにゲーンの呼ぶ「我が家」があった。
その「我が家」のことが気になったが、アトラスの疲労は今、限界に来ていた。歩くのを止めたからか、体中が痛くなり動かなくなってきていたのだ。瞼は鉛のように重くなる。船の緩やかな揺れは眠気を覚ますどころか、まるで子守唄のように眠気を促す。何度も瞬きをして起きようと頑張るが、彼がついに眠りの底へと落ちてしまうには時間がかからなかった。
薄れ行く意識の中で、彼は遠くにねじれた三角錐のような形をした島影が見えてくるのに気づいた。そしてその頂にまるで火山の岩塊のように居座っている巨大な邸宅があることにも。
しかしとうとう睡魔に負け、デッキに倒れこんだしばらく後に、船が島の中の小さな空洞へ入って行き、そこで待つ人影があったことには全く彼は気づかなかったのだった。
* * *「起きたか、アトラス?」
彼は目を閉じて横になり、夢の余韻に浸っていた。声がもっと近いところで聞こえてきた。
「アトラス?」
アトラスは仰向けになり、身体を伸ばした。部屋は暖かく、下に敷いてあるマットレスはおかしいくらい柔らかい。
「なに?」
半ば夢心地でたずねると
「もう夜だぞ」
と父の声が返ってきた。
「お前、まる1日眠っていたんだぞ。腹が減ってるなら、晩飯の用意が出来てるぞ」
やっと目を開け、見るとゲーンが寝台から少し離れたところでランプを持って立っているのが見えた。その明かりが照らす限り、部屋はどうやらとても広くて暗いようだ。
「ここはどこなの?」
「クヴィア(K'veer)だ」
そういいながら、ゲーンはアトラスの方へ少し近寄る。手元の明かりが彼の色白で凛々しい輪郭を浮きあがらせた。
「ここがお前の部屋だ。必要ないとは思うが、向こうのワードローブに服がある。もし着替えたければな。着替えが終わったら、部屋を出て左へ明かりのある方向へ進め」
そういわれてアトラスはうなづきながらも、自分の怪我をした足が治っているのに気が付いて驚いた。それどころか、足には包帯すら巻かれていないのだ。
「僕の足・・・」
「ああ、お前が寝ている間に手当てをしておいた。数日は痛いだろうが、まあ大丈夫だろう」
ゲーンはその後「ぐずぐずするなよ」と言い残して去っていった。アトラスは手当てをされている足に付けられていた軟膏を手に取り匂いをかいでみた。それはまさしくアナがいつも彼が怪我すると塗っていてくれた物と同じだったのだ。そしてその事実が、アトラスにホームシックをもたらしたのだった。
* * *「ああ、アトラス、こっちに来て一緒に座れ」
そういわれて、アトラスはためらいがちにキッチンに足を踏み入れた。キッチンにはテーブルがあり、青白い光が照らしていた。そこはV字型の部屋で、二つの窓から外の様子を見ることが出来る。今はなぜか、外に見えるオレンジ色の湖の光が弱く薄暗く見えた。
そしてアトラスが一番驚いたことは、このキッチンにある全てのものが石製だったことだ。それはテーブルや椅子や棚だけでなく、シンクやオーブンにいたっても全て同じ、ドニへ来るまでの道でよく見かけた縞状の片麻岩で出来ているのだ。そして石であるにもかかわらず、なぜかその石に触れると温かい気持ちになるのが不思議だった。
石は、どうやら柔らかく粘土の様にして加工しているらしい。複雑な模様をした細い金属の糸が、アトラスには想像も出来ない方法で白と黒の縞々のその岩に通されていた。どうやったらそんなことができるのかは想像できなかったが、とにかくドニ人は地上の人間よりも高度な技術を持っていることだけは確かだった。
「気分はどうだ?」
ゲーンは、座れという風に彼の前の椅子を示しながら聞く。どういう気分かといわれても・・・・ホームシックだろうか。いや、さっきまではそうだったが、今となっては好奇心の方が奮い立っている。
なぜ、父はここに連れてきたのか?アナに何かを教えたいといっていたが、それはなんなのか・・・?色んな疑問がアトラスの頭に浮かんだが、彼は敢えて言わず、
「おなかがすいた・・かな」
と一番無難そうな答えを返した。
「そうか」
と言って、ゲーンは手元にあったベルを鳴らした。すると奥から果物が盛られたバスケットを持った男が現れた。背はゲーンよりも高い。頭はまるで象牙を磨いたかのようにツルツルと光っている。しかし、そんなことよりもアトラスが驚いたのはその男の目だった。その男の目には瞼が無かったのだ。まるで二つの汚れた卵が、それ以外は極めて平凡な顔にくっついているかのように眼球がむき出しになっていた。
「アトラス、こいつはリジャス。召使いだ」
そういわれてもどうしたらいいのか分からずゲーンを見たが、彼からは何の助け舟も得られず、仕方ないのでアトラスは少し頭を下げて
「お会いできて嬉しいです、リジャス」
と挨拶をした。しかし、
「こいつと会話をしようなんて思っても無駄だ、アトラス。こいつは口が利けないんだからな。だが、命令を理解することは出来る。もし何か必要なものがあったら、こいつに頼めばいい」
「うん・・・」
「そんなことより、腹が減っていたんだろう?」
そう促されて、アトラスはリジャスのほうへ歩み寄り、見たことの無い色とりどりのフルーツに驚きながらも、黄色い果物を手に取った(多分バナナ)。すると、彼がその果物を持ち上げた途端、それは茶色くなった断面を露わにしながら崩れ去った。
驚いて振り向くアトラスを無視して、ゲーンはイライラと命令した。
「下げろ」
そして、アトラスの方へ向き直り、
「来い、アトラス。そろそろはじめよう、俺がなぜお前をこのドニへ連れてきたか教えてやる」
-----------------注釈-----------------「片麻岩」詳しくは、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%87%E9%BA%BB%E5%B2%A9をごらんください。
- 2006/11/10(金) 15:31:16|
- アトラスの書
-
| トラックバック:0
-
| コメント:3
ふむ・・・・読み方は経験則で決めてます。
Atrus(日:アト
ラス/英:エイト
ラス),Sirrus(日:シー
ラス/英:サイ
ラス)などと同じ法則で、Rijusはリジ
ャスまたはリージ
ャスかなと。英語読みは多分、ライジャスだと思います。
ただこの辺りは、翻訳者の特権で勝手に名前の読み方を採択しているのが現実ですね。公式で決められてない限りは(といいつつ、公式(ゲーム)の方も翻訳者が違うのか、ゲームによって名前の訳し方に揺らぎがありますけどね)勝手に決めています。なので、本になっている日本語版アトラスの書とは違っていて違和感を感じることもあるかもしれませんね。
- URL |
- 2006/11/13(月) 18:32:07 |
- 青島 #-
- [ 編集]
彼らの名前が D'ni 語なので、英語読みにも少々違和感を感じてしまう私。:)
D'ni 語の綴りなのか、英語の綴りなのかでまた読み方が変わりますからねぇ。
ちなみに Sirrus はシーラスだと思います。
英語版の MYST でもシーラスと呼ばれていました。
- URL |
- 2006/11/13(月) 22:26:33 |
- Yone #rKn0k/gk
- [ 編集]