〜5章 その3〜(PB93〜98ページ)
二人は、さらに暗いトンネルの迷宮を進んでいき、やっとエデル・トマーンについたのは、あれから3・4時間ほど経ったころだった。そのドニの中間駅は、洞穴の奥まったところにあり、その黒光りした大理石の壁は、周囲の石灰岩の岩と著しいコントラストを生み出していた。
アトラスは、ランタンを掲げて壁の近くまで寄り、そっとその壁に触れてみた。まるでサテン生地のように滑らかだ。ブロックとブロックの間の継ぎ目がほとんど分からない。それに、表面はつるつるに磨かれて、顔を近づけると鏡のように自分の姿が映し出された。見たところ、普通にタールを溶かして作った石だが、その後に丹念に磨き上げられたのだろう。
そうやって、アトラスが感動しながら壁を観察している間、ゲーンはドアへ近づき、首にかけていた金色の鎖をチュニックから取り出した。その鎖の先には、赤く縁取られた黒い鍵がついている。そして、その鍵を使ってドアを開けると、ほんのりと明るい室内に踏み込んだ。アトラスも後を追う。
中に入ってみると、案外広い。両側に低いベッドがそれぞれ置かれている。そして、奥にはドアが見える。恐らくキッチンか洗面所に繋がっているのだろう。
「なんでもう休むの?」
アトラスがそうたずねると、驚いたことにゲーンは大きなあくびをして
「もう遅いからな。それに疲れた」
「でも・・・」
アトラスは話を続けようとしたが、ゲーンはもう話したくないというように手で彼を制した。そして、右側の寝台の上におかれたナップサックを指差すと
「あれはお前のだ。今着替えても良いし、後でも良い。好きにしろ」
と、ぶっきらぼうに言い捨てた。
アトラスは早速ナップサックに駆け寄り、紐を解いて中を覗いてみた。よく見えない。そこで、袋をひっくり返して中身を敷布団の上に出してみる。するとそこには、思わぬ父からのプレゼントの数々がいっぱいに広がっていた。それを見て、アトラスは驚いて思わずクスクスと笑い出した。ベッドに腰掛けブーツを脱ごうとしているゲーンを振り返ると、
「ありがとう、父さん」
と言った。
「後から着替えることにするね」
「お前の好きにしろ。ただ俺だったら、ブーツを履いたまま寝ないがな。それに、そのブーツがお前に合うかどうか分からんぞ。サイズは適当に想像したからな」
アトラスは、膝の高さまであるロングブーツの片方を指先で優しくなでると、そっと匂いをかいでみた。高級な革の匂いだ。そして、とても不思議な気品を漂わせている。どうやら誰も履いたことのない新品らしい。
ブーツの傍らには、服があった。ちょうど、ゲーンの服の小さい版のようだ。変わった感じの本のマークがついた黒いシャツに、頭にぴったりの形をした金属製の帽子。そして、革と金属でできたポーチもある。金属製の帽子は見た感じはとても柔らかいのに、手で押してみるととても硬いという不思議なヘルメットのようなものだった。
ベッドの傍らにかがんで、ポーチの紐を解いて見てみると、何か小さなものがたくさん入っていた。一瞬、何なのか良く分からなかったが、すぐにアトラスの顔にパッと喜びが広がった。
ファイアーマーブルだ!
この前、トンネルで見つけたあの大理石の光る石が、なんと5・60個も入っている。アトラスは、「ありがとう」という気持ちを込めてゲーンのほうを見た。しかし、彼はすでに背を向けてすっかり寝入ってしまっているようだ。
アトラスは、ゲーンのそばに寄ってじっとその顔を眺めた。こうやって、改めて見てみると顎や口の辺りが特にアナに似ている。二人とも目を見張るほど上品な顔立ちだ。それに力強さと優雅さが融合したような雰囲気を漂わせている。今まであまりゲーンの顔をまじまじと見るチャンスがなかったので気づかなかったが、顔が青白いことと髪が白いこと、それにゲーンの威厳のある雰囲気がアナやアトラスとの違いを際立って引き立てていただけで、本当の所はやっぱり親子らしい類似点が多い。
アトラスは、ゲーンが片方しかブーツを脱いでいないことに気づき、やさしくブーツを脱がすと、ベッドの脇に綺麗に揃えて置いた。そして毛布を父の上にそっとかけた。それから、自分のベッドに戻ってしばらくファイアーマーブルを手で転がしていたが、やがて疲れて眠りについたのだった。
***
「起きろ。今日は長旅になるぞ。さっさと着替えて出発だ」
アトラスは、ゲーンに体を揺さぶられ目が覚めた。
ゆっくりと体を起こすと、一瞬自分がどこにいるのか分からなる。いつも見慣れたベッドや、アナの作る朝ごはんのにおいがしない。代わりに、冷たい床と沈んだ空気が澱んでいた。そのギャップに気落ちしながらも、アトラスは着替え始めた。
今まで着ていた服とは違う柔らかくてツルツルした新しい服が、なんだか着慣れない。それに初めて履くブーツには、とても違和感がある。なんだか外側だけの変化ではなくて、アトラスの内側まで変えてしまう気すらするのだ。
アトラスはもしかしたらまだ夢の中なのかもと一瞬思ったが、やっぱり夢ではないらしい。これは現実で、彼はこれから父とともにさらに地中深く旅を続けるのだ。
「今日ドニに着く?」
「いや、今日は無理だろう」
そう聞いてまたがっくりする。仕方ないので、今まで来ていた服をリュックに詰めて
いると、それを見ていたゲーンが、その服を取り上げ、床に投げ捨てた。
「こんなボロきれはもういらないだろ。お前は、今はもうドニなんだ。これからは、ドニの服だけを着ろ」
アトラスは、投げ捨てられた服をじっと眺めた。あの服は、アトラスにとっては、いわば過去との繋がりみたいなもの。アナや裂け目での生活の名残なのだ。思い出深いその服を捨てるなんて・・・・無理だ。
「小僧、何をぐずぐずしている」
ゲーンの冷たい言葉が、アトラスの胸を刺す。しかし、アトラスはアナとの約束を思い出し、黙って父の言うことに従った。さっと、家から持ってきたカバンだけをナップサックに詰めると、昨日もらったファイアーマーブルの袋と帽子も中に仕舞った。
「よし。食べながら歩いていくとしよう」
そう言って、ゲーンは、彼のナップサックを背負い歩き出した。アトラスは、一瞬ゲーンの意図が分からず戸惑ったが、どうやら聞いても説明はしてくれそうにないので、黙ってリュックを背負って父の後を付いていったのだった。
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ここまで。
今回は比較的物語の中では重要度が低そうなところだったので、結構粗く訳してるかな。っていっても、訳度85パーセントくらいかもしれない。
ここで、ファイアーマーブルについて旧ブログのコメント欄に補足説明を頂いたので書いておく。
YONEさん「ファイヤーマーブルは、ドニの人々が光源やエネルギー源として利用していた物質です。具体的にどのような物質なのかはよく分かっていませんが、RIVENでゲーンが不完全な接続書にエネルギーを注入するのに使ったのも、MYST III:EXILEの冒頭でサーヴェドロがカーテンに投げつけたのもファイヤーマーブルです。
確かに液状だったり固体だったり、熱かったり冷たかったり、と不思議な性質があるようですね。光源として使う場合は無闇に熱いと不便なので、冷たい固体の形態にしているようですが、それが割れると熱くなるのかどうなのか…。謎ですね。」
だそうです。
YONEさん、情報ありがとう^^
- 2006/10/29(日) 10:33:45|
- アトラスの書
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